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平 あまの たいら(写友名、本名:大竹良秀、Yoshihide Otake) |
略歴 '65.03 新潟大学理学部物理学科卒。 特種情報処理技術者。 '65.04~某重電機メーカ東京工場研究部、某外資系コンピュータ販売会社システムエンジニアリングサービス部、(株)医療情報センター(コンピュータソフト開発&サービス会社)勤務。 (株)医療情報センターでは主に従業員教育、パソコンCADシステム、銀行端末・工場自動制御装置組込ソフトウェア(:いわゆるファームウェア)の受託開発管理・開発を担当。 '92.10 医療情報センターの解散と同時に有限会社コスモハーツ設立。 ファームウェアの開発、CADによる製図積算、Web開発、写真・画像処理・撮影技術に関する実験・著作を主業。 '04.03 ごく一部の業務を残してコスモハーツ業務終了、セミリタイア。 (従業員は、25人のうち継続勤務希望者を某社に斡旋、全員採用。) '04.04~自宅事務所を中心に、下記海外取材のほかFXインターネット投資。 '08.09のリーマンショック以降、FXでかなりの損失を被る。 '09.08~MT4によるFX全自動売買システムの開発を試行、'09.11~試作モデルによるFX全自動デモトレードの実施とCi(Custom Indicator)の開発。 '10.01~実用EA(:Expert Advisor、 FX全自動売買システムの中核プログラム)開発に着手、継続中。 |
写真撮影について おもな被写体 撮るのはうつくしいと感じたものだけにしたいとおもっています。が、浮き世の故か、意に反する状況に陥ることも増えてきました。 ポートレート:某スタジオ登録のモデルさんの撮影がほとんど。 このスタジオで、はじめてモデルをしてもらった女性にポートレート撮影の楽しみを教わりました。 他には知人のお嬢さん、おとさん、ときおりモデル撮影会など。 最近やや遠ざかりぎみになっています。 風景:山岳(乗鞍・白山、その他の南北アルプスの山々)、上高地など、 また奈良市近傍の寺々、高原や奈良公園など。 やや長いこと人間をやってきてようやく2001年8月、2002年8月と2度の海外旅行・海外風景撮影を体験しました。カナディアンロッキーはほんとうにbeautifulでした。 その後2004年3月にそれまでの主要事業を中止し時間にゆとりが生じたのを機に、2003年12月ニュージーランド7日間、2004年9月3度目のカナダ取材12日間、2005年2月~3月ニュージーランド・シンガポール長期取材50日間と続いたため、その整理と後始末に追われ、国内での撮影機会がほとんど無くなっていました。 2005年12月半ばから2006年4月初にかけては、2度目のニュージーランド長期取材とマレーシア2週間の視察に行って来ました。 2006年度は居住住宅地自治会の役員当番期が巡ってきたため長期取材は我慢の年になってしまい、久しぶりに北アルプスに出かけていました。8月には、98年に5つの災害警報(地震・大雨・洪水・崖崩れ・雷)が出て横尾から逃げ帰った槍ヶ岳山頂をようやく踏むことができました。 槍から北穂への大キレットは「1歩誤れば谷底へ転落」ルートが数kmも続いてスリル満点を遙かに上回り、「俺はここへロッククライミングをしたくて来んじゃない」 とぶつぶつ言いながら越してきました。 草花:高山植物、近くの寺々や花園の花、近傍の草花など おもな使用機材(2009.10) 写真撮影にはまり初めた当初の2年ほどはもっぱらキヤノンでしたが、肝心なときのEOS-1Nの3度のトラブルとキヤノン社のアフターサービスのお粗末さ・不誠実さに我慢ならなくなり、ライカとニコンにのりかえました。その後ミノルタのレンズの繊細な描写が気に入り、最近はR8をメインにαを押さえに使うことが多くなりました。ただこの押さえのはずのαもMFのR8よりピントをはずすことが起きたりして、動きものを撮らない筆者にはR8が最も頼りになるボデーになってしまいました。 デジタル一眼レフはと言えば、1000万画素のライカR8/R9用ディジタルモジュールが2005年9月から日本国内出荷されたのを機に、初めて導入しましたが、その写りと操作性に満足しています。CCD(の前面ガラス)が簡単にむき出しになるため、そのゴミクリーニングが極めて容易なことも購入に踏み切ったポイントでした。 海外取材とキャンギャルさん撮影会にDMR、それ以外にフィルム と使い分けています。 DMRに対する最大の不満は換算20~35mmの広角ズームレンズが無いことで、タムロンMF17/3.5でガマンを強いられています。2009年1月にオークションでR28-90を落札し、不自由だった標準ズーム域がようやくまともになりました。 なおこのDMRには、R8/R9用スプリットマイクロプリズムスクリーンにDMRの撮影視野枠を印刷したスクリーンが付属していますが、筆者の用途には適さないため、これまで使っていたスクリーンにDMR用の視野枠を自分で追加し、使っています。 2008年6月からデジタル1眼レフにパナソニックDMC-L1の中古品が加わりました。発売時から注目し、出版物で見かけるその描写に他のデジ一にはないもの(まさにライカそのもの)を感じていましたが、ファインダーが小さく視野率は95%しかない・750万画素しかない・AFポイントが3点しかない・その割に高価など 大きな不満があり、見送ってきました。 しかしながら発売後2年になり、程度の良い中古品が4・5万円で手にはいるようになったので、購入しました。レンズには、しばらく最も安価なZD14-42を使っていましたが、ようやくDVエルマー14-150を入手し、加えてマウントアダプタを介して手持ちのRレンズ、MF・AFニッコールレンズ、4年前に高値で入手後テストで2回しか使っていなかったTamron 70-150/2.8 ソフトレンズなどを流用して遊んでいます。先日このTamron70-150/2.8ソフトレンズをL-1で本番デビューさせましたが、その写りは彼のサンダー平山氏が絶賛していたとおりでした。 1)撮影用(コレクション品を除く) オークションや委託販売を通じて、遊休機材や身に剰りはじめたコレクションの整理・売却を進め、この4年の間に50台あったボデーは20台に、130本を越えていたレンズは2桁に、20本を越えていた三脚は5本に まで減りました。 加えて、数ヶ月の海外滞在中に感じた「使わないものはもう要らないなぁ」という機材に対する思いと、先日リタイヤ同然の身になったことから、コレクション品を含めて整理売却を加速させています。 ライカR8×2(1台はα-9用M2型スクリーン、他の1台はTalberg2 スクリーン)、ディジタルモジュールR、R7、R6.2、Rレンズ17+タムロン4本; M6TTL、M・Lレンズ16+8本; パナソニックLumix DMC-L1、レンズ2本; ミノルタα-9、αレンズ7+4本; ニコンF5、F3/T、F2、レンズ8+2本; Fuji F810コンパクトデジタルカメラ スリック803CF、ジッツォG1228mk2(G)、G126; ジッツォGH1780、ベルボンPH-273; ハッセルクイックシュー; ほかに主にテスト用として、スリックプロフェショナルII、ジッツォG026) など。 筆者のテストでは、カメラブレに関する限りハスキー3DヘッドよりカンボCBH-5(先日共に手放しました)の方がやや優れているという結果が出ております。 2)画像処理用 自作FileServer Aopen XCcubeMZ915-M+IOdata外付HDD500GB×2、 自作WinXP 2セット(1台はANTEC P150 + GIGABYTE GA-EP45-UD3L + Intel Q9550、メモリ4GB、ナナオS2231Wモニター; 2台目はShutlleSG45H7 + Intel Q6600、メモリ2GB、ナナオL567モニター)、Let'sNoteCF-A1R(機材テスト時の設定データ液晶表示用); 他にNEC VersaPro VY10F中古品(PM 1GHz、HDD40GB); MonacoOPTIXpro+EZcolor2.6 ニコン9000EDフィルムスキャナ、エプソンGT-9300UFスキャナ、エプソンPX-5500、ブラザーMFC-8820J複合機、 画像処理ソフト:AdobeフォトショップCS2、Elements5.0、LightRoom、Album2.0英語版、イラストレータ9、GoliveCS2; Sylkypics3.0、IBM HPB9 デジカメを導入した結果としてデータ量とパソコンの利用量が大幅に増大し、また事務所と宅内の常用パソコンが5台になったことから画像データ一括管理と高速化のため有線LANとFileServerを導入し、2台のプリンタもパソコン接続/無線LAN接続から有線LAN接続に変更しました。ルーターも先日ようやくギガビットAtermWR8500Nに変更しました。 |
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